祈りと愛の権勢

対話の必要性

人々が共に生きる上で、対話は必要です。人は対話を通して互いに心を分かち合い、対話が断絶するならば、心が通じずに誤解が生じることもあるからです。同様に、三位とイエス様との対話である祈りは重要です。人は、”根本的に信じ、対話できる存在者”である三位と祈りで対話してこそ、複雑に絡み合った考え・心が解かれて、考えが整理されます。更に、三位とイエス様の心が自分の中に入ってきて、誤解も疑いも消え、多くのことを分かち合いながら共にするようになります。祈りで、神様の考えを受けることは、本当に真実な悟りです。
神様は対話によって約束も計画もして、共になさるので、対話が運命を決定します。どんなことも始める前には、まずは祈りましょう。神様はいつも共にされますが、祈ったら、すぐに介入してくださいます。

祈る方法

祈りは、やり方を分かって積極的に、切実に、一目瞭然にやってこそ、運命が変わります。神様に集中し、神様の心情を悟り、切実さ・真実さ・誠実さ・完全さをもって祈ることで神様と考えが通じるようになります。切実さとは、考えも行いも集中して、他の考え・サタンがつけ込む隙がないことです。祈りは、神様への感謝から始めて、自分の経緯・事情を人に話すかのように一つ一つ話して、問題を解いていくことです。また、明け方に祈ってこそ、自分の考えを空けて、三位・イエス様の考え・心で満たされるようになります。それによって神様が願われる方法を考えて、実践するエネルギーを得ることができます。祈りは”愛すること”なので、三位の愛の対象体として、愛する心で祈りましょう。

愛の権勢

神様の権勢は愛であり、神様が人を創造した目的は愛です。人が神様を愛してこそ、創造目的を成し、愛の権勢でその霊が輝くようになります。愛することが、全知全能なる神様の近くに行く方法です。各自の生活の中で、自分に向かう神様の愛を悟ってこそ、愛において成功します。
神様は私達を愛して掴んでくださいますが、私達も神様を掴んでこそ、離れなくなります。互いに愛する心があっても、言葉で伝える必要があるように、神様にも愛を伝えることが重要です。愛は、与える側ももらう側も、本当に愛情を注いでこそ心を開き、満足します。私達が三位とイエス様に愛を注ぎながら生きることで、問題も解け、恵みも満ち溢れ、愛と情熱が生き返ります。自分の愛を神様に注いで、神様の考え・心を受けることを切に願って、神様の御心通りにすることを願い、祈るならば、それが私たちの愛の権勢です。祈りの権勢は祈ってこそくるし、愛の権勢は愛してこそ来ます。この権勢によって、全ての困難に打ち勝つことができます。神様の御心どおりに行ないながら、愛で進み出て祈りましょう。

2022年11月6日主日の礼拝
本文
エペソ人への手紙6章17~18節、ピリピ人への手紙4章6節、ユダの手紙1章20~21節